年明け早々というのに、心はさえない。
去年の年末から、自分のおっちょこちょいとドジぶりを、改めて思い知らされることが続いたからだ。
まず、すごく気に入っていた携帯電話を、水をはったバスタブの中に落としてしまった。
大掃除のさなかのことだった。
携帯電話はジーンズのポケットからするりと飛び出し、するするとバスタブの底に沈んでしまった。
「ウッソー!」思わず大声で叫んだ。
年末で、何かと連絡を取り合わなければならないのに、しかも、まだ新しいのに変えてから三ヶ月にもならない。
その前のだって買って四ヶ月目に落として壊れた。
どうしてくれるんだよー。
あたふたと閉まる寸前の携帯ショップに飛び込んだが、すでに同じ機種のものは製造されておらず、保障期間中の取替えは、
二種類の機種しか選ぶことが出来ないと言う。
その二機種とも、ぜんぜーん気に入らない。こんなのいやだ。
とはいえ、まったく別のものにするには、新機種を買うのと同じだけ費用もかかるし・・・。
しかたなく、気に入らないながらも、その中の一つを選んで買って帰った。
幸いアドレスは無事に残っていたけれど、たくさん撮っていた写真や、ダウンロードしていた曲はすべてパー!
おまけに、何度もボタンをまちがえてヘンなところを押すために、ふいに相手の顔が映ったと思うと、自分の顔まで映っている。
さらには、なぜかまわり中に相手の声が響きわたる。顔は赤くなり、冷や汗が出てきて、携帯を地面に叩きつけてやりたい気分になってきた。くっそー!
後で聞いたら、それはTVコールとスピーカー通信っていうものだそうだ。
次に、出かける間際の恒例の鍵さがし。鍵がない。鍵はどこに?
部屋の中を行ったり来たり。
バッグをひっくり返したり、コートやジャケットのポケットを
さぐってみたり、引き出しを開けたり、しまいには愛犬ハチのケージの中までのぞいてみる。
鍵探しに疲れてしまって、そのまま出かける気が失せてしまうのも、よくあることだ。誰のせいでもないのに、むかついてくる。
冗談じゃないよ。もう、やめたやめた、となる。元旦の初詣も、そのために行かなかった。
もう一つ最悪だったのは、元旦に、わたしがとても尊敬し、人生の師とも思っている方に、偶然にも出会ったときのこと。
ただでさえ緊張するのに、あろうことか、その時、わたしは、のど飴をなめていた。しかも、口の中に入れたばかりだった。
飲み込むには大きすぎるし、噛み砕くには音がするし、吐き出すのはみっともない。しかたなく、のど飴を口の奥に押しやり、なるべく口を開かないように気をつけていた。
もちろん黙ってばかりはいられない。言葉を発するたびに、口の中で飴はころころ動く。そのたびに、必死に舌で飴を喉の奥に押しやろうとする。
そのことに神経が向いて、話す内容もハチャメチャだ。 その方は、そんなわたしの様子に大笑いをされ、「飴を喉に詰まらせないでねー」と言って去っていかれた。
やっぱり、ばれていたんだ・・・。
あーあ! 話したいことはたくさんあったのに・・・。
どうして、わたしはいつも、肝心な時にかぎって、ドジなんだろう。
そんなわけで、新年早々、いじいじ悩んでいたら、姪っ子が言った。
「こんな大人がいるなんて、なーんか癒されるー!」
こんなわたしですが、今年もよろしくお願いします。